思春期と大人のニキビの違いについて
しかし人の役に立ちたいという気持ちと同時に、人を感動させたい気持ちが働いているのに気づかなかった。
教壇に立っているときも、教えることより、学生たちが私をどう思うかのほうに関心があった。
いつもほめられたいと願うあまりに自分の限界を超え、時間とエネルギーの両方をむだにし、体力を消耗し、その結果、能力以下の成果しか上げられないこともあった。
口笛を吹けなくなった原因ががんばりすぎにあると医師に言われた日、もう一つ学んだことがある。
それはなぜがんばりすぎ、その代償に何を得たいのか、考えたことがなかったという事実だ。
私を含め、いわゆるいい人たちは、なぜいつもがんばりすぎるのだろう〜完壁主義もがんばりすぎも、2つの考え違いに原因がある。
一つは、人に受け入れられるには条件があって、それが人生の法則だという考え違い。
もう一つは、誰も、ありのままの自分など評価してくれないという考え違いである。
その結果、自信を喪失し、自分を低く評価するようになるのだ。
私もほかのいい人たち同様、明らかに、しかも半分無意識に、自分をわざわざこの状態に追い込んでいた。
自信をなくし、自分をつまらない人間だと思う種は、幼児期に植えつけられることが多い。
両親をはじめ、大人と並ぶと子供は小さく、経験も浅く、体力はなく、知識も少なく、自信もない。
大人たちは、子供に自信をもたせようとしたかもしれないが、ふつうは、子供の意見や感情やニーズは重要ではないという信号を与えるほうが多かった。
子供は話しかけられたときだけ口をきいてよく、与えられたものを受けとり、しろと言われたことをするものだと教えた大人もいただろう。
ときには、じゃまだとにおわすこともあったろう。
無邪気な子供の心は、そうした大人の評価を受け入れ、社会の中の自分の地位と重要性はそんなものだと納得した。
秘密でしたことを恥じ、誰にも知られないように気をつかいながら、何かたいへんなことをしてしまったような気がしたものだ。
容姿や身体的能力の限界も、自分を正しく評価できない原因になった。
ひどく痩せていたり、太っていたり、のろまだったり、不器用だったり、醜かったことが、誰にでもある。
こうして子供は、自分などあまり価値のない人間だと思って育つ。
とくに不安定な思春期に入ると、失敗や魅力的でない部分が気になり、友達の強みと自分の弱みを比べては、ますます劣等感をもつようになる。
私は誕生日が遅かったため、いつもクラスでいちばん年下だった。
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